6月30日が近づくと、各地の神社の境内に大きな茅の輪が設置される。夏越の大祓(なごしのおおはらえ)に伴う茅の輪くぐりだ。

ネットで「茅の輪くぐり やり方」と検索すれば、左→右→左の順に8の字を描いてくぐる、という説明はすぐに見つかる。だが、なぜ茅(かや)なのか、なぜ3回なのか、そもそもこの行事はいつ始まったのか──こうした問いに一次資料から答えている記事は多くない。

私は参拝歴30年、500社以上を巡ってきた。毎朝5時に起きて近所の神社に参拝する生活を続ける中で、毎年6月になると茅の輪くぐりの作法について質問を受ける。今回は、備後国風土記の蘇民将来伝承や延喜式の記述を手がかりに、茅の輪くぐりの「なぜ」を整理してみたい。

茅の輪くぐりとは何か──夏越の大祓の中核行事

茅の輪くぐりとは、茅(ちがや)で編んだ大きな輪をくぐることで、半年間に積もった罪・穢れを祓う行事だ。毎年6月30日の「夏越の大祓」、または12月31日の「年越の大祓」に合わせて行われることが多い。

大祓そのものは、日本書紀に天武天皇の時代(7世紀後半)の記録が残る宮中祭祀であり、中臣氏が朱雀門前で大祓詞を奏上して国中の罪穢を祓った。一次資料を確認すると、延喜式(927年成立)の巻八「祝詞」に大祓詞の全文が収録されており、これが現在も神社で用いられる祝詞の原型となっている。

ただし、現在の「大きな輪をくぐる」形式が全国の神社に広まったのは比較的新しく、江戸時代以降と考えられている。宮中祭祀としての大祓と、民間信仰としての茅の輪は、もともと別の流れだったことを押さえておきたい。

蘇民将来伝承──なぜ「茅」なのか

茅の輪の由来として必ず引かれるのが、釈日本紀に引用された備後国風土記逸文の蘇民将来(そみんしょうらい)伝承だ。

要約するとこうなる。旅の途中の武塔神(むとうのかみ)が宿を求めたところ、裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらも歓待した。後日、武塔神はスサノオノミコトと名乗り、「今後、疫病が流行った際には茅の輪を腰につけていれば災厄を免れる」と蘇民将来に伝えた。

由緒書によると、この伝承を根拠に「蘇民将来子孫也」と書いた護符を掲げる風習が各地に残っている。注目すべきは、原典では腰につける小さな輪だったものが、いつの間にか人がくぐれる大きさの輪に変化した点だ。身体に装着する呪具から、境内に設置する祭祀装置への転換がどの時点で起きたかは、実のところ明確な文献が見つかっていない。

茅の輪くぐりの正しいやり方──左・右・左の作法

現在、多くの神社で採用されている茅の輪くぐりの作法は以下の通りだ。

  1. 茅の輪の正面に立ち、軽く一礼する
  2. 左足から踏み出して輪をくぐり、左回りに元の位置へ戻る(1周目)
  3. 右足から踏み出して輪をくぐり、右回りに元の位置へ戻る(2周目)
  4. 左足から踏み出して輪をくぐり、左回りに進む(3周目)
  5. そのまま茅の輪をくぐって拝殿へ向かい、二拝二拍手一拝でお参りする

8の字(∞の字)を描くように3回くぐるのが基本形だ。ただし、ここで強調しておきたいのは、この作法に全国統一の典拠があるわけではないということだ。神社本庁の公式サイトでも茅の輪くぐりについて紹介はしているが、回り方の詳細な規定を設けているわけではない。

実際、500社以上を参拝してきた経験から言えば、左右の順序が異なる神社、2回だけくぐる神社、列になって1回だけくぐる神社など、さまざまなパターンがある。訪れた神社の案内に従うのが最も正しい作法だ。

唱え詞──くぐりながら何を唱えるか

茅の輪をくぐる際に唱える詞(ことば)にも、いくつかの種類がある。代表的なものを整理しておく。

1. 祓い詞(一般的)

祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ 幸へ給へ
(はらえたまい きよめたまえ まもりたまい さきわえたまえ)

「お祓いください、お清めください、お守りください、幸福をお与えください」という意味だ。最もシンプルで汎用性が高い。

2. 拾遺和歌集の歌

水無月の 夏越の祓 する人は 千歳の命 延ぶというなり
(みなづきの なごしのはらえ するひとは ちとせのいのち のぶというなり)

拾遺和歌集(1005年頃成立)に収録された歌で、「夏越の祓をする人は千年の命が延びるといわれている」という意味だ。神社本庁もこの歌を紹介しており、最も広く知られた唱え詞と言える。

3. 蘇民将来

蘇民将来 蘇民将来
(そみんしょうらい そみんしょうらい)

備後国風土記の伝承に基づき、蘇民将来の名を唱えることで災厄を退ける、とする神社もある。

3周それぞれで異なる唱え詞を指定する神社もあるため、現地の案内板や配布資料を確認するのが確実だ。

夏越の大祓で行われるもう一つの作法──人形(ひとがた)

茅の輪くぐりと併せて行われることが多いのが、人形(ひとがた)による祓いだ。紙を人の形に切ったものに名前と年齢を書き、体を撫でて息を吹きかけることで、自分の罪穢を人形に移す。神職がこれを川に流したり、お焚き上げしたりすることで祓いが完了する。

地理的にここは重要な点だが、人形を川に流す「流し雛」的な祓いの形態は、河川沿いの神社に多く見られる傾向がある。これは水による禊の思想と結びついているためだろう。

茅の輪くぐりに行く前に知っておきたいこと

時期

多くの神社では6月中旬から茅の輪を設置し、6月30日の夏越の大祓当日に神事を斎行する。ただし、設置期間は神社によって異なり、6月初旬から置いているところもあれば、当日のみの場合もある。事前に神社の公式サイトや社務所に確認するとよい。

服装

特に決まりはないが、神事に参列する場合は清潔感のある服装が望ましい。普段の参拝と同じ心構えで問題ない。

茅を持ち帰ってよいか

茅の輪から茅を抜き取って持ち帰る人を見かけることがあるが、これは神社によって対応が分かれる。持ち帰りを認めている神社もあれば、禁止している神社もある。輪を傷める行為は避け、必ず神社の指示に従ってほしい。

よくある質問(FAQ)

Q1. 茅の輪くぐりは6月30日当日でないとできませんか?

神社によっては6月中旬から茅の輪を設置しており、期間中であればいつでもくぐることができる場合が多い。ただし、大祓の神事に参列したい場合は6月30日に訪れる必要がある。設置期間は各神社に確認してほしい。

Q2. 回る方向を間違えてしまったらどうすればいいですか?

方向を間違えたからといって罰が当たるということはない。茅の輪くぐりの作法自体、神社によって異なるものだ。気になる場合はもう一度最初からやり直せばよいが、深刻に考える必要はない。大切なのは祓いの気持ちを持ってくぐることだ。

Q3. 茅の輪くぐりと人形(ひとがた)は両方やるべきですか?

両方行うのが一般的だが、茅の輪くぐりのみでも構わない。人形は社務所で頒布されることが多く、初穂料が必要な場合もある。時間や状況に応じて判断してよい。

Q4. 12月の年越の大祓でも茅の輪くぐりはできますか?

一部の神社では12月31日の年越の大祓でも茅の輪を設置する。ただし、夏越の大祓に比べると実施する神社は少ない傾向にある。年末に茅の輪くぐりを希望する場合は、事前に確認することを勧める。

Q5. 蘇民将来の護符はどこで手に入りますか?

蘇民将来伝承にゆかりのある神社(京都の八坂神社、三重の伊勢地方の神社など)で頒布されていることがある。「蘇民将来子孫也」と書かれた木札やお守りの形で授与されるが、すべての神社で扱っているわけではない。

参考文献

  • 神社本庁「大祓」(神社本庁公式サイト
  • 釈日本紀 巻七(備後国風土記逸文・蘇民将来伝承)
  • 延喜式 巻八 神祇八 祝詞(大祓詞の原文)
  • 拾遺和歌集(「水無月の 夏越の祓 する人は…」の出典)
  • 神社本庁「茅の輪くぐりについて」(神社本庁公式サイト