追いかけられる夢を見て、汗びっしょりで目が覚めた経験はないだろうか。私のカウンセリングルームにも「また追いかけられる夢を見ました」と訴える方は多い。朝5時、夢日記をつける習慣がもう何十年になるが、追いかけられる夢は私自身もかつて繰り返し見ていた。
俗流の夢占いでは「追いかけられる夢=ストレスのサイン」「逃げ切れたら運気上昇」といった分類がされることがある。しかし、象徴として読み解くなら、追いかけてくる"あの存在"が何を意味しているかのほうがはるかに重要だ。
追いかけられる夢をユング心理学で読む──「シャドウ」という視点
ユング心理学では、夢に登場する人物や存在を「自分の心の一部が姿を借りて現れたもの」と考える。追いかけてくる存在は、多くの場合シャドウ(影)と呼ばれる心の領域に関係している。
シャドウとは、自分が「こうありたくない」「認めたくない」と無意識に押し込めてきた感情や性質のことだ。怒り、弱さ、嫉妬、あるいは本当はやりたかったことへの渇望──こうした抑圧された心の断片が、夢の中では"追いかけてくる者"の姿をとると考えられている。
つまり、追いかけられる夢は「内側の声」が届けようとしているメッセージであり、逃げれば逃げるほど夢は繰り返される傾向がある。ユングの補償理論では、意識が一面的になればなるほど、無意識はバランスを取ろうとして強い夢を送ってくるとされている。
"追う者"の正体──相手別に見る象徴の違い
追いかけてくる相手は人によって異なる。以下はあくまで一般的な象徴の傾向であり、最終的にはあなた自身の連想が最も大切だという点を強調しておきたい。
知らない人に追いかけられる
見覚えのない人物は、シャドウの典型的な現れ方と言われている。自分が意識していない性質──たとえば「もっと自己主張したい」「本当は怒りを感じている」といった抑圧された側面が、見知らぬ他者の姿をとることが多いと感じる人が多い。
動物(犬・蛇・獣など)に追いかけられる
動物は本能的なエネルギーの象徴として読まれることがある。犬であれば忠誠心や攻撃性、蛇であれば変容や再生のエネルギー。追いかけてくる動物は「もっと本能に従いたい」「身体の声を聴いてほしい」という無意識からのサインである可能性がある。
怪物・化け物に追いかけられる
正体不明の恐ろしい存在は、特に強く抑圧された感情が形を持てずに現れている場合に見られるという報告がある。ユング派の集合的無意識の観点からは、個人の体験を超えた元型的イメージ──人類共通の「恐れ」の象徴──が現れていると読むこともある。
職場の上司・知人に追いかけられる
実在する人物が追いかけてくる場合は、その人物との関係性の中で抑圧している感情が浮上していると考えられる。ただし、夢は心の鏡であり、その人物そのものというよりも「その人物が自分にとって何を象徴しているか」に注目したい。
駆け出し時代の失敗から学んだこと
正直に告白すると、私は駆け出しの頃、相談者の「追いかけられる夢」に対して俗流の夢占い的な解釈をしてしまったことがある。「追いかけられる夢はストレスの表れですね」と安易に片づけた結果、相談者の不安はまったく解消されなかった。
その後、ユング派の象徴解釈に立ち戻り、「追いかけてくる存在はあなたの心のどの部分でしょうか」と問い直したところ、相談者自身が「ああ、あれは転職前に諦めた夢のことかもしれない」と気づいた。その瞬間、追いかけられる夢はぴたりと止まった。
この体験が教えてくれたのは、夢の象徴は個人の文脈の中でしか本当の意味を持たないということだ。同じ「追いかけられる夢」でも、Aさんにとっては仕事のプレッシャー、Bさんにとっては封じ込めた創造性、Cさんにとっては未完了の悲しみかもしれない。
「逃げる」から「振り返る」へ──セルフワーク3ステップ
追いかけられる夢を繰り返し見る方に、自宅でできるセルフワークを紹介する。
ステップ1:夢日記に「追う者」の特徴を記録する
目覚めた直後に、追いかけてきた存在の姿・雰囲気・自分が感じた感情をできるだけ詳しく書き留める。「怖い」だけでなく、「怒りっぽい感じ」「悲しそうだった」など、微細な印象が手がかりになる。
ステップ2:個人連想を広げる
記録した「追う者」の特徴を眺めながら、「この感じ、最近の生活で何か思い当たることはないか?」と自分に問いかける。連想は論理的でなくてよい。ふと浮かんだイメージや記憶を大切にしてほしい。
ステップ3:生活との照合
連想から浮かんだテーマと、現在の生活を照らし合わせる。「何かを避けていないか」「本当はどうしたいのか」──この問いかけ自体が、夢のメッセージを受け取る行為になる。
なお、追いかけられる夢に強い恐怖や苦痛が伴い、日常生活に支障が出ている場合は、セルフワークだけで抱え込まず、臨床心理士やカウンセラーに相談することをお勧めする。夢は心の自然な営みだが、苦しみが続くときは専門家と一緒に読み解くほうが安全だ。
追いかけられる夢が止まるとき
私の臨床経験では、追いかけられる夢は「逃げるのをやめて振り返った」とき──つまり、夢が伝えようとしていたテーマに意識が向いたときに変化することが多い。夢の中で実際に追う者に向き合うこともあれば、現実の生活で抑圧していた感情に気づくことで、夢が自然に変容する場合もある。
夢は心の鏡だ。追いかけてくる存在は、あなたを脅かそうとしているのではなく、あなたに何かを届けようとしている──そう考えてみると、目覚めたときの感覚が少し変わるかもしれない。
よくある質問(FAQ)
- Q. 追いかけられる夢を毎晩のように見ます。病気でしょうか?
- A. 追いかけられる夢を繰り返し見ること自体は病気ではないと考えられています。ただし、睡眠の質が著しく低下している場合や、日中の生活に支障がある場合は、医療機関や心理相談窓口に相談されることをお勧めします。
- Q. 夢の中で追いかけてくる相手に立ち向かうべきですか?
- A. ユング派のアクティブ・イマジネーションという技法では、夢のイメージを意識的に再体験し、追う者に「何を伝えたいのか」と問いかけることがあります。ただし、強いトラウマ体験がある方は専門家の同席のもとで行うほうが安全です。
- Q. 追いかけられて逃げ切れた夢と捕まった夢では意味が違いますか?
- A. 逃げ切れた場合は「まだ向き合う準備ができていない」、捕まった場合は「向き合うタイミングが来ている」という読み方をすることがあります。ただし、これも個人の文脈次第ですので、ご自身の連想を大切にしてください。
- Q. 子どもが追いかけられる夢を見て怖がっています。どう対応すればよいですか?
- A. まず「怖かったね」と気持ちを受け止めてあげてください。そのうえで「追いかけてきたのはどんな子だった?」と穏やかに聞いてみると、子ども自身が夢を言葉にする過程で安心感を得られることがあります。
参考文献
- C.G.ユング『人間と象徴──無意識の世界』(河合隼雄 監訳、河出書房新社)
- 河合隼雄『夢の心理学』(岩波新書)
- Murray Stein『Jung's Map of the Soul: An Introduction』(Open Court)





